6月23日。 沖縄の「慰霊の日」です。 今朝も、いつもと同じように子どもたちの笑い声が響いています。 転んで泣く子。 砂まみれになって笑う子。 「せんせー!」と全力で走ってくる子。 その光景を見ながら、僕は静かに胸が熱くなりました。 正直に言うと、僕は戦争を知りません。 砲弾の音も、防空壕の暗闇も、 明日生きられるかわからない夜の恐怖も、 その何ひとつ、本当の意味では知らないのです。 でも、知らないからこそ、考えずにはいられません。 なぜ今、こうして子どもたちの笑い声が聞けるのか。 なぜ今、当たり前のように鬼ごっこができるのか。 なぜ今、夜になれば家族そろってご飯を食べられるのか。 それは、決して当たり前ではありませんでした。 80年前のこの島では、 子どもたちの笑い声が、悲鳴に変わりました。 母の手をにぎったまま離れてしまった子。 未来を、夢を、名前すら知られないまま奪われた命。 今、僕の目の前で笑っているこの子たちと、 同じ年ごろの子どもたちが、たくさんいたはずなのです。 その一人ひとりが、必死に生きようとしていた。 その誰かの「生きたい」が