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【慰霊の日に、子どもたちの笑い声を聞きながら】


6月23日。


沖縄の「慰霊の日」です。


今朝も、いつもと同じように子どもたちの笑い声が響いています。


転んで泣く子。


砂まみれになって笑う子。


「せんせー!」と全力で走ってくる子。


その光景を見ながら、僕は静かに胸が熱くなりました。



正直に言うと、僕は戦争を知りません。


砲弾の音も、防空壕の暗闇も、


明日生きられるかわからない夜の恐怖も、


その何ひとつ、本当の意味では知らないのです。


でも、知らないからこそ、考えずにはいられません。


なぜ今、こうして子どもたちの笑い声が聞けるのか。


なぜ今、当たり前のように鬼ごっこができるのか。


なぜ今、夜になれば家族そろってご飯を食べられるのか。



それは、決して当たり前ではありませんでした。



80年前のこの島では、


子どもたちの笑い声が、悲鳴に変わりました。


母の手をにぎったまま離れてしまった子。


未来を、夢を、名前すら知られないまま奪われた命。


今、僕の目の前で笑っているこの子たちと、


同じ年ごろの子どもたちが、たくさんいたはずなのです。


その一人ひとりが、必死に生きようとしていた。


その誰かの「生きたい」が、


めぐりめぐって、今日のこの笑い声につながっている。


そう思うと、目の前の何気ない一日が、


奇跡のように輝いて見えてきます。




戦争の話をするとき、


「二度と繰り返してはいけない」


という言葉をよく耳にします。


もちろん、その通りです。


でも、僕はもう一つ、伝えたいことがあります。


それは


「平和を、当たり前だと思わないでほしい」


ということです。




子どもたちは、今日も全力で生きています。


転んで泣いて、


友だちとケンカして、


仲直りして、また笑って。


その何でもない一日のすべてが、


実は「平和」という土台の上にだけ咲く花なのです。


安心して泣けること。


安心して笑えること。


安心して、まだ見ぬ未来を夢に描けること。


それ自体が、どれほど尊いことか。


かつて、それを手にできなかった子どもたちがいたことを、


僕は忘れたくないのです。




保育という仕事をしていると、


「未来を育てている」という感覚があります。


今、目の前で泥だんごを作っているこの子が、


10年後、20年後、


この島を支え、


誰かの涙をぬぐい、


新しい未来をつくっていく。


だから、平和を語り継ぐことは、


過去を振り返るためだけではありません。


この子たちが大人になったとき、


その子どもたちもまた、安心して笑える


そんな未来をつなぐためなのです。




慰霊の日。


正午のサイレンとともに、静かに目を閉じます。


亡くなられた、たくさんの「いのち」へ。


ありがとうございます。


あなたがつないでくれた今を、


今度は僕たちが、この子たちに手渡していきます。


子どもたちの笑顔が、当たり前に続いていく未来のために。


今日という一日に、心からの感謝を込めて。


 
 
 

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